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せいとしとのきろく

生と死との記録

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《生と死との記録(せいとしとのきろく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 18,961 字 · 39 頁

青空文庫

反応は殆んど見えなかった。暫くして注射の跡を検すると、其処だけ肉がぽつりと高くなって、カンフルは注射されたまま吸収されずに残っていた。

「心臓が弱って来たのです。」

心臓が弱って来たのは昨日の夕方あたりからであった。なぜヂガーレンの注射を初めにしないかと私は思ったが、それはもう恐らく出来なかったのであろう。

「お知らせなさる所がありましたら……。」

私はその言葉をその時聞いた。然し私は「いいえ。」と答えた。実は知らすべき親戚や友人が少しあったが、私はその場合に大勢の人が来るのを欲しなかった。出来るなら看護婦やS子さんをも遠ざけたかった。私はただ堯と二人で居たかった。

看護婦は容態表を記入した。

朝――熱九度三分、脈搏百三十四、呼吸五十四。

午――熱九度一分、脈搏百五十四、呼吸五十六。

便二回、嘔気一回、カンフル三回、滋養腸注一回、人乳十瓦二回。

もう殆んどどうにも出来なかった。重苦しいそして盲目な時間が過ぎて行った。一瞬の休止もなく或る大きい力で押し進んでいるものの前に、私の叫びや意力が如何に小さかったか。然しそれも凡て私のものではないか。

T氏も回診して来られた。