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せいぞんりゆうとしてのてつがく
生存理由としての哲学
三木 清
線上閱讀三木 清《生存理由としての哲学(せいぞんりゆうとしてのてつがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 1,586 字 · 4 頁
哲学は教授用のものとなり、あるいは単に教授になるためのものとなっている。哲学は今日人間の可能なる生存理由としていかなるものであるかについて、ひとは根源的に問おうとはしない。他方講壇哲学を見捨てた者の多くは、いわゆる知識社会学、イデオロギー論、等々、に赴いた。しかしながらこの者も、そのイデオロギー論、等々が果たして本来の哲学であり得るか否かについて、あまりに単純に考え、もしくは少しも考えてみない。
ここではすべてがイージーに行なわれるのをつねとした。問題は社会だといえば、社会の概念が、問題は歴史だといえば、歴史の概念が、問題は唯物論だといえば、唯物論的見方が、それぞれ哲学の中へ取り入れられた。すべては滑かに、多少の喧噪があったにしても根本においては何事も起らなかったかのように取り行なわれた。
文壇においては事情は多少異なっている。いわゆる純文学の危機として提出され、討論された問題を通じて、この時代における人間のレエゾン・デエトルとしての文学の問題は、多かれ少なかれ自覚的にされた。しかるに最もラジカルであるべき哲学の領域においては、何事もあまりに無感覚に、安易に、妥協的に片づけられて来た。