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いなかもの
田舎者
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《田舎者(いなかもの)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,181 字 · 26 頁
そうかなあと岸本は思って、すぐに帰りかけようとしたが、そう現金に帰らなくてもよいと云われたので、また迷って腰を落付けていると、依田氏は初めて、郷里のことを何かと尋ねてきた。そこでまた一しきり話してるうちに、寺井という名前が出てきた。寺井家は岸本の家と遠縁に当っていて、もう十年ばかり以前に東京へ引越してしまって、それきり岸本啓介の耳には消息が達しなかったが、然しなつかしい名前だった。まだ彼が小学校にあがりたての頃、母に連れられて、町の寺井の家へ行ったことがあって、その時寺井菊子さんに逢った。どんな話をしたか少しも覚えていないが、適宜に石や植込のある閑静な日の当った庭をじっと眺めて、縁側に片手をついて坐っていた菊子さんの姿が、そしてその円みをもった細い淋しそうな眉と、澄みきった奥深い眼とが、深くいつまでも彼の心に残ったのだった。其後菊子さんは結婚し、寺井一家は東京に引越したと、父母の話では彼は聞きかじったのだが、菊子さんのことが心にあるので、わざわざ尋ねることもしかねて、ただ一人で彼の面影をはぐくみ、いろんなことがあった末に彼女と結婚するようになるなどと、他愛ない少年の空想に耽った時代もあるのだった。