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しらねのふもと

白峰の麓

大下 藤次郎

線上閱讀大下 藤次郎《白峰の麓(しらねのふもと)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 頁

青空文庫

早川渓谷の秋も美しかろう。湯島の温泉も愉快であろう。西山へ、西山へ、画板に紙を貼る時も、新しく絵具を求むる時も、夜ごとの夢も、まだ見ぬ西山の景色や白峰の雪に想いを馳せていた。

東京を発足ったのは十一月一日、少し霧のある朝で、西の空には月が懸っていた。中野あたりの麦畑が霞んで、松二、三本、それを透して富士がボーっと夢のよう、何というやさしい景色だろうと、飽かず眺めつつ過ぎた。小仏、与瀬、猿橋、大月と、このあたりの紅葉はまだ少し早いが、いつもはつまらぬところでも捨てがたい趣きを見せていた。

長いトンネルを出ると初鹿野、ここから塩山までの間に白峰は見えるはずだ。席を左に移して窓際に身をピッタリ。

果然、雪の白峰連嶺は、飽くまで蒼い空に、クッキリとその全身を露わしている。水の垂れそうな秋の空、凍ったような純白の雪、この崇高な山の威霊にうたれて、私は思わず戦慄した。袂にスケッチブックのあることを忘れた。もう西山までゆかなくともよいと思った。

雪の山はトンネルのために、幾度となく隠れ、また現われた。その度ごとに、私は曇ったガラスを拭いて、瞬時でも見逃がすまいと眸を凝らした。