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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
線上閱讀鈴木 大拙《禅堂生活(こうせんぜんじのことども)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 27,634 字 · 57 頁
その際に額の一角を書物箱か何かで打たれたか、少し傷がついておったように思うておる。朝のお粥か餅かを召上がって、それから便所へ行って、自分の室へ帰らんとして倒れられ、その儘大往生を遂げられたのである。併し素人では尚そんなこととは思わぬ故、八畳の室に床を敷き、其処へ休ませ申し、門前の小林玄梯と云う医者を呼んで来て診察させると、彼は心臓を検して見て、もう駄目であると宣告した。わしが老師の亡くなられるとき、丁度隠寮に来合わしておったと云うことが、何かの因縁でもあるかのように今でも思うておる。
それから楞伽窟の代となった。その頃は、もはや正伝庵には居なかったと思う、或はもう一夏ぐらいおったかも知れぬ。わしは記憶の極めて悪い方で、過去の事を覚えておることが少ない。楞伽老師にはその頃から引続き御世話になっておる、色々の点で御世話になっておる。わしが今日あるを致したのは、皆老師の恩である。併し今はまだそんなことを云う時期でない。その時分の禅堂には雑多の人物がおった。今一方の宗匠として力んでおる和尚様達も、他の雲水と一緒であった。色の衣を着て、鹿爪らしい顔して、講座でもやられると、成程えらいもんじゃと思うが、昔木綿衣の裳を引っからげて、藁ですげた下駄をはき、網代笠をかぶって、門前へ饅頭買いに行かれたときを思うと、予言者その