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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 頁

青空文庫

分に合わん。また世の笑いぐさだ。かつは野州足利ノ庄から志を立ててここまで来ながら、きょうまでの苦心功業もすべて水の泡でしかあるまいが」

「ですから、ぜひもありません。直義に腹を切れとなら、腹を切るまでのことです」

「ばかな。たれがそちに腹を切れと仕向けたか。師直も、そちを渡せとは言っていない」

「が、腑におちぬのは、兄者の御態度だ」

「どこが、どう?」

「かくまでの師直の暴悪を、兄者は真底では憎んではおられぬように見える。お口では強い返事を使者にいわせておられるが」

「それよ、師直は尊氏の家僕だ。家僕の悪業は主人の落度。たれを恨もう」

「では、家来のこのような暴挙も、お心ではゆるしておいでなのですか」

「ゆるされぬ無道と怒ればこそ、万一の一戦も覚悟はしておる。それが尊氏の立場なのだ。自嘲するしかないわしなのだ」

灯は細まっているのに、たたみの上の奉書は、紙の白さをなお白く見せていた。いつか夜明けていたのである。遠い塀のそとからは師直の軍勢が波騒の中に似るここへ、最後の返答をうながすようなどよめきを朝と共に性急にしていた。

最少な犠牲の下に最良な切抜け策をと尊氏は考えている――。