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はんちゅうとしてのくうかんについて
範疇としての空間に就いて
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《範疇としての空間に就いて(はんちゅうとしてのくうかんについて)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 45,453 字 · 89 頁
ある意味の観念性の如き之である。観念性をば実在性と区別することは無論差閊えない。けれども若し之をば主観という意味に於て観念性と呼び、客観という意味に於ての実在性と区別するのならば、明らかに存在論的範疇としての制約は観念的ではないと云わなければならない。之は約束に従って主観にはぞくさないからである。さて私が存在論的範疇をば、領域の成立に「必要にして且つ充分な制約」であるという時、この制約は、それ故、第一の意味に於ては論理的であるが――而も之を論理的と呼ばねばならぬ実際的な理由はない――他の一切の意味に於ては論理的であることは出来ない。それは論理的制約――認識論的制約と呼ぶことも出来よう――ではなくして正に「存在論的制約」と呼ばれなければならない(論理的制約であると解釈されているカントの Conditio sine qua non と之とを比較せよ)。存在論的範疇は領域の成立に必要にして充分な存在論的制約である。之までに明らかにすることの出来たのはこのことである。
この制約に就いて茲に一つ乃至二つの重大な特質を挙げて置く必要がある。向に述べた意味に於て、存在論的制約は論理的制約に較べて、一つの条件、即ち「充分である」