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くのうのねんかん

苦悩の年鑑

太宰 治

線上閱讀太宰 治《苦悩の年鑑(くのうのねんかん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 7,798 字 · 16 頁

青空文庫

この父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである。間数が三十ちかくもあるであろう。それも十畳二十畳という部屋が多い。おそろしく頑丈なつくりの家ではあるが、しかし、何の趣きも無い。

書画骨董で、重要美術級のものは、一つも無かった。

この父は、芝居が好きなようであったが、しかし、小説は何も読まなかった。「死線を越えて」という長編を読み、とんだ時間つぶしをしたと愚痴を言っていたのを、私は幼い時に聞いて覚えている。

しかし、その家系には、複雑な暗いところは一つも無かった。財産争いなどという事は無かった。要するに誰も、醜態を演じなかった。津軽地方で最も上品な家の一つに数えられていたようである。この家系で、人からうしろ指を差されるような愚行を演じたのは私ひとりであった。

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余の幼少の折、(というような書出しは、れいの思想家たちの回想録にしばしば見受けられるものであって、私が以下に書き記そうとしている事も、下手をすると、思想家の回想録めいた、へんに思わせぶりのものになりはせぬかと心配のあまり、えい、いっそ、そのような気取った書出しを用いてやれ、とつまり毒を以て毒を制する形にしてしまったのであるが、しかし、以下に書き記す事は、決して虚飾の記事ではない。