輕讀日語

輕鬆讀懂日語經典作品

ja-reading.com

輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。

ちゃばんによせて

茶番に寄せて

坂口 安吾

線上閱讀坂口 安吾《茶番に寄せて(ちゃばんによせて)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 2,989 字 · 6 頁

青空文庫

のフィガロから来た名称らしく、なぜ私が笑うかって言うのですかい。笑わないと泣いちゃうからさ、というフィガロの科白が題字のところに刷りこんである。(多分そうだったと思いますよ)「ゼビィラの理髪師」や「フィガロの結婚」は却々の名作だが、ここに引用したような笑いの精神は、僕のとらないところである。世之助の武者振りや源内先生の戯作には、そういうケチな魂胆がない。

一言にして僕の笑いの精神を表わすようなものを探せば、「浜松の音は、ざざんざあ」という太郎冠者がくすねた酒に酔っぱらい、おきまりに唄いだすはやしの文句でも引くことにしようか。「橋の下の菖蒲は誰が植えたしょうぶぞ。ぼろおんぼろおん」という山伏のおきまりの祈りの文句にでもしようか。それ自体が不合理だ。人を納得させもしないし、偉くもしない。ただゲタゲタと笑うがいいのだ。一秒さきと一秒あとに笑わなければいいのである。そのときは、笑ったことも忘れるがいい。そんなにいつまで笑いつづけていられるものじゃないことは分りきっているのである。

道化文学は、作者にとっては、趣向がすべてであり、結果としては読者から、笑ってもらうことがすべてなのである。