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やくほんファウストについて

訳本ファウストについて

森 鴎外

線上閱讀森 鴎外《訳本ファウストについて(やくほんファウストについて)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 5,916 字 · 12 頁

青空文庫

どうにもいたしかたが無いのである。

世間では私の訳を現代語訳だと云っている。しかし私は着意して現代語にしようとするのでは無い。自然に現代語となるのである。世間ではまた現代語訳だと云うと同時に、卑俗だとしている。少くも荘重を闕いでいると認めている。しかし古言がやがて雅言で、今言がやがて俚言だとは私は感じない。私はこの頃物を書くのに、平俗は忌避せぬが、卑俚には甘んぜない。それは人の平俗だとしている今言で荘重な意味も言いあらわされると思って、今言を尊重すると同時に、今言を使うものが失脚して卑俚に堕ちるに極まっているとは思わぬからである。兎に角私の翻訳はある計画を立てて、それに由って着々実行して行くと云うよりは、寧水到り渠成ると云う風に出来るに任せて遣っているのだから、凡例にもなんにもならぬわけである。

訳本ファウストにはまだ正誤が公にして無い。しかし出来てはいる。あの本を発行している書肆富山房は初第一部を千五百部印刷して神田の大火に逢った。その時千部は焼けて五百部残った。幸な事にはまだ紙型が築地の活版所から受け取って無かったので、これは災を免れた。そのうちに第一部の正誤が出来たので、一面紙型を象嵌で直し、一面正誤表を印刷することを富山房に要求した。