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しごとしてのにほんご

詩語としての日本語

折口 信夫

線上閱讀折口 信夫《詩語としての日本語(しごとしてのにほんご)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,401 字 · 27 頁

青空文庫

だがその場合は、現実のけばけばしさ、生なましさは、静かに底に沈んで柔かな光を放つであろう、が、これは一種のあなくろにずむに価値を置いて作る時に限るものである。これで見ても、詩は必しも現実の言葉を以て、表現するだけではなく、古語を置き替える事も自由なのだから、其所に現れて来るものも、あなくろにずむと言い棄てられぬことが多い。語自身が論理的でないことを示すようなものではない。言いかえれば、一種えきぞちっくな感情を持たせること、又それよりはもっと正しげに見える詩の古くからの習慣から割合いに高く評価せられて来た、其反感から、結果として逆に古語による文体は、実質以上に軽蔑せられている。併し現代語で――例えば中世以前の抒情詩を書く事は、論理的には正しくない様に見えるにかかわらず、今の詩人は多く之を正しいものと認めるだろう。それは今人としての有力な一つの表現様式の文体であるから、拒む理由が無いのである。われわれが現実詩をば、古語・中世語又は、近古語で列ねるのも、其と同じ事で、やはり一つの文体として認めねばならぬ。そこにあなくろにずむを考えるのは、第一国語としての錯誤感を及して来る訣なのである。