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にんしきろんとしてのぶんげいがく

認識論としての文芸学

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《認識論としての文芸学(にんしきろんとしてのぶんげいがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,350 字 · 19 頁

青空文庫

東洋乃至日本には、文芸と文献(フィロロギー)との区別は概念上あまり判然としない伝統が存在している。夫は文芸作品自身が社会にとって多分に教訓的な意義を有っていた一種の封建的・文化政治的・イデオロギーの結果であったかも知れない。文芸作品はこの場合、暗誦訓詁すべきものとしての古典とされ典拠とされた。だから之は一つの文化史的な知識に還元されて了う。かくて文芸は文献学(フィロロギー)に帰するわけだ。文人とは一種の学者である。それが文学者となるのである。――文芸はこの伝統に基いて、文学という何か学問のような言葉で呼ばれることとなる。勿論今日の文学なるものは実質に於て文芸自身を指すものであって、毛頭、文献学や何かを指すのではない。それであればこそ、文学作家の教養不足ということも問題になるわけで、つまりここで教養と呼ばれるものは、文献学的知識の類だと考えられているのである。だが文芸が文学と呼ぶ習慣はこうして出来たというのだ。

そこで、この文学という言葉を別に活かすために、文学は文献学を指す言葉にしたらばどうか、という意見がある。それによると、例えば支那仏教のテキスト・クリティックによる解釈の体系などが、文学というものになるわけだ。