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にんしきろんとしてのぶんげいがく

認識論としての文芸学

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《認識論としての文芸学(にんしきろんとしてのぶんげいがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,350 字 · 19 頁

青空文庫

そう云って云えないことはないかも知れないのだ。

併しこう云って来ると、文学という観念はほしいままに徒らに拡大された観がなくはあるまい。文学は何と云っても文芸を中心にして出来ている観念だったのだ。それが哲学や又さらに科学にまで直接するとなると、もはや文学という言葉の特殊の利き目がなくなって了う。こうした用語の拡大は無意味であるようにさえ見えるかも知れない。

事実、文学という言葉は、こういう結果になる程にさえ、曖昧なものなのだ。だから文学という言葉の代りに文芸という言葉を使うことが、何より便宜であったのだ。併しこの曖昧な処が案外色々の関係を説明出来るものを含んでいるということを、今注目しなければならないのである。と云うのはつまり、思想のエスプリとしての文学なるものは、文芸と科学とに渡って之を一貫しているもののように考えられるからであって、二つのものを結びつけて考えさせるものが、この文学という一つのそれ自身は曖昧な併し効果から云って有力な、切札であるだろうからだ。まだ特別に文芸という芸術のジャンルの態をなしていないような科学的な論文やエッセイも(所謂科学文学や評論の各ジャンルの如き)なお且つ文学的な意義を持つことの出来る場合が多いという事実から、「科学と文学(実は文芸)」