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にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《認識論とは何か(にんしきろんとはなにか)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 頁

青空文庫

としての意識や観念であっても、この対象・客観・への指向性という主観の「客観化」的機能には、勿論変りがない。

この機能を主観的側面から見れば、指向性とか何とかいうのであるが、対象や客観が意識や表象を超越して彼岸にあるというフッセルル(之はブレンターノの後継者である)風の「現象学」が徹底しても、この指向性が客観の側から自発的に生じるという結論にはならぬようだ。なぜなら、もし之が本当に自発的なら、指向性によって初めて対象や客観が創造されるという処まで行かなければ、徹底しないだろうからだ。ブレンターノ=フッセルルの哲学的心理学は、そのスコラ的観念論にも拘らず、そういう宇宙創造説には行かないのだから、結局、この指向性という意識の機能は、客観との関係に於て、模写説に帰すると批評されているわけである。

吾々も亦、一種の模写説を仮定しよう。模写説についての論証はその機会に譲ろうと思うから、ここでは仮説としておいてよい。だが吾々の仮説はもっと組織的な詳細なものだ。そこではただの指向作用が問題ではない、なぜ指向作用が生じねばならぬかが、問題だ。そこで初めて問題は、ただの意識や観念の問題を越えて、正に認識の問題になるのである。