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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《認識論とは何か(にんしきろんとはなにか)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 頁
認識は経験と共に始まるが、経験によってなり立つのではないと答えたカントは、果してヒュームの設題へ答えたものであるかどうか、疑問ではなかったろうか。
この近代的な所謂懐疑論は、マッハ主義やプラグマティズムがそうであるように、実は懐疑論に数えるべきではあるまい。定型としてのスケプティズムは古典的な懐疑論者に限定されるべきであって、一つの歴史的なカテゴリーと見ねばならぬようだ。処でこの典型的な懐疑論も、普通考えられるような真理の絶対否定ではあり得ないことを、先に見た。懐疑論の徹底は一つの真理を提唱しようという動機から発生する。中途半端な懐疑論こそ、その意味では却って本格的な懐疑論かも知れない。すると、つまり中途半端な相対論即ち絶対的な相対論ではなくて、相対的な相対論こそが、それだということになるだろう。併し、相対的相対主義は、相対主義の絶対化の制限のことであり、ディアレクティクのことに他ならない。真理と虚偽とのこのディアレクティクを、誤って相対主義という形で理解したことが、懐疑論を救いがたい自己嫌悪に陥らせたのであった。
古典的懐疑論の行なわれたギリシア社会に於ては、すべて或る古典的な真理の観念が想定されていた。