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にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《認識論とは何か(にんしきろんとはなにか)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 頁

青空文庫

(我考う故に我在り)、という事実だという。自我の実在・自覚・自意識・の事実こそ、真理の典型であり、真実の根柢だ。みずから問うて見てどうしてもそうとしか思えないという処に、その明々白々たる疑うべからざる自証に、自明さに、真理があるという。恐らく良心というものはそういうものであろう。尤も時とすると良心は決して明晰判明な意識でないことがある。混沌に蓋をするものでさえある。だからデカルトは寧ろ数学的判断の方を選んだのだが。

明白説は、模写説に劣らず、常識的に普及している。私はなぜ人々がこの明白説の常識性と素朴性とをまっ先に喚き立てないのか、理由が判らない。真理は直観的に判定出来るとする一切の直観説・神秘説(その内にはスコットランド常識学派もケンブリッジ・プラトニストやシャフツベリ卿も含まれる)は、最も常識的にアッピールする力を持っていると共に、正に常識というものの自己信念はこの明白説をいつも仮定しているのだ。どうしてもそうしか考えられないから(多分何かの影響で)、どうしてもそうだ、というのが、常識の唯一の論拠だ。

明白説は、明白にこうだと感じたその瞬間の感情情緒を論拠にするのだから、その明白感の由来などを検討する気にならないのは当然である。