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どうとくのかんねん

道徳の観念

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《道徳の観念(どうとくのかんねん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 71,388 字 · 140 頁

青空文庫

自分とは自分一身だ。之は鏡面であって物ではない。

社会を特殊化せば個人になる。ここまでは明らかに社会科学の領域だ。併しこの個人を如何に特殊化しても「自分」にはならぬ。一体もはや特殊化し得ない分割不可能であるということが個人乃至個体(In-Dividuum)の意味だったのだから、これは寧ろ当然だと云わねばならぬ。もし同じ特殊化の原理で「自分」というものにまで到着出来るのなら、この特殊化の原理を恰もその科学的方法としている処の社会科学は、同様に「自分」というものをも、そのままで、科学的に取り扱える筈だが、特殊化の原理が「個人」以上に進行し得なかったのだから、社会科学的方法は個人の処で止まらざるを得ない。つまり一般に社会科学的概念は、そのままの資格に於てでは、「自分」という事情をうまく科学的に問題に出来ないのである。

そこで考え得られる対策は二つしかない。一つは、個人を社会科学的に自分にまで押して行く代りに(夫は不可能だった)、「自分」から出発し、そして個人の方へ還って来ようという仕方である。だが之も亦不可能であった、なぜなら自分とはそういう世界の説明原理であってはならなかったから。