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じゅうべえさんのいっか

重兵衛さんの一家

寺田 寅彦

線上閱讀寺田 寅彦《重兵衛さんの一家(じゅうべえさんのいっか)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 7,089 字 · 14 頁

青空文庫

表の河沿いの道路に面した格子窓には風鈴が吊されて夜風に涼しい音を立てていたように思う。この平凡な団欒の光景が焼付いたように自分の頭に沁み込んでいるのはどういう訳かと考えてみる。父の長い留守の間に祖母と母と三人きりで割合に広い屋敷の中でのつつましい生活は子供心にもかなり淋しいものであったに相違ないので、この広くて淋しい家と、重兵衛さんの狭くて賑やかな家との対照が幼い頭に何かしら深い印象を刻んだのではないかと想像される。その頃のわが家を想い出してみると、暗いランプに照らされた煤けた台所で寒竹の皮を剥いている寒そうな母の姿や、茶の間で糸車を廻わしている白髪の祖母の袖無羽織の姿が浮び、そうして井戸端から高らかに響いて来る身に沁むような蟋蟀の声を聞く想いがするのである。寝床で母からよく聞かされた阿波の鳴門の十郎兵衛の娘の哀話も忘れ難いものの一つであった。

重兵衛さんのお伽噺のレペルトワルはそう沢山にはなかったようである。北山の法経堂に現れる怪火の話とか、荒倉山の狸が三つ目入道に化けたのを武士が退治した話とか、「しばてん」(木の葉天狗)と相撲を取る話。「えんこう」