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のわき

野分

夏目 漱石

線上閱讀夏目 漱石《野分(のわき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 93,508 字 · 189 頁

青空文庫

ただし妻君はかつてこの文句を道也の口から聞いた事がない。聞いても分かるまい。

わからねばこそ餓え死にもせぬ先から、夫に対して不平なのである。不平な妻を気の毒と思わぬほどの道也ではない。ただ妻の歓心を得るために吾が行く道を曲げぬだけが普通の夫と違うのである。世は単に人と呼ぶ。娶れば夫である。交われば友である。手を引けば兄、引かるれば弟である。社会に立てば先覚者にもなる。校舎に入れば教師に違いない。さるを単に人と呼ぶ。人と呼んで事足るほどの世間なら単純である。妻君は常にこの単純な世界に住んでいる。妻君の世界には夫としての道也のほかには学者としての道也もない、志士としての道也もない。道を守り俗に抗する道也はなおさらない。夫が行く先き先きで評判が悪くなるのは、夫の才が足らぬからで、到る所に職を辞するのは、自から求むる酔興にほかならんとまで考えている。

酔興を三たび重ねて、東京へ出て来た道也は、もう田舎へは行かぬと言い出した。教師ももうやらぬと妻君に打ち明けた。学校に愛想をつかした彼は、愛想をつかした社会状態を矯正するには筆の力によらねばならぬと悟ったのである。