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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
線上閱讀林 不忘《釘抜藤吉捕物覚書(くぎぬきとうきちとりものおぼえがき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 19,251 字 · 39 頁
大石武右衛門は、見るとおりに、それこそ牡牛を三匹合わせたほどの、大兵肥満の男である。それに、いまこの柳江亭の人気を一身にあつめている、前代未聞の力業師なのだ。その大石武右衛門が高座を下りて、一本の蝋燭の光を背中に浴びながら狭いまっすぐな廊下を通って溜りのほうへ帰って行こうとしていると、途中で、何者かが武右衛門の頸部へ綱を捲きつけて、――あっという間に、見事にこの大漢を絞殺したのだった。
信じられない。この力持ちが、そうやすやすと絞め殺されようとは、これは、八丁堀合点長屋の親分釘抜藤吉でなくても、常識のある人間なら、誰しも受け取れないところである。しかも、その時、高座のすぐ裏、細廊下の横隣りの、一段高くなっている出を待つ部屋に、人形つかいの竹久紋之助と三味線引きのおこよが、二人で話し込んでいただけで、見とおしのきく廊下には人っ児ひとりいなかったというのだ。これは、事件のすぐあと、つまり武右衛門が倒れて間もなく、恐らくは、一、二、三、四、五、六――とは数えないうちに、客席から廊下へはいって来た出方の藤吉の証言である。そして、今また、楽屋口で芸人の下足番をしている銀兵衛が、これに裏書きするように、誰も廊下を通って裏へ出て行ったものはないと断言しているのだ。