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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
線上閱讀林 不忘《釘抜藤吉捕物覚書(くぎぬきとうきちとりものおぼえがき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 頁
夜は、寺島村の夜は静かである。隣りの部屋からは、主人玄内の鼾の音が規則正しく聞えていた。玄内さまが付いている。こう思うと伝二郎は急に強くなったのである。
女は啜り泣いている。そして何か言っている。聞きとれないほどの小声だった。が、だんだんに甲高くなっていった。けれど意味はよくわからなかった。女の言葉が前後顛倒していて、ただ何か訴うるがごとく、ぶつぶつと恨みを述べているらしいほか、果して何を口説いているのか少しも要領を得ないのである。動くという働きを失ったようになって、伝二郎は床のなかで耳を欹てていた。すると、女が、というより女の幽霊が、不思議なことを始めたのである。壁の一点を中心にしてその周へ尺平方ほどの円を描きながら、彼女はいっそう明晰な口調で妙な繰り言をくどくどと並べ出した。聞いて行くうちに伝二郎は二度びっくりした。そして前にも増してその一言をも洩らすまいと、じいっとしたままただ耳を凝らした。びしょ濡れの女は裏の井戸から今出て来たばかりだと言うのである。
安政二年卯の年、十月二日真夜中の大地震まで、八重洲河岸で武家を相手に手広く質屋を営んでいた叶屋は、最初の揺れと共に火を失した内海紀伊様の中間部屋の裏手に当っていたので、あっという間に家蔵はもとより、何一つ取り出す暇もなくすべて灰燼に帰したばかりか、