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ゆきのうえのしも

雪の上の霜

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《雪の上の霜(ゆきのうえのしも)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 25,586 字 · 50 頁

青空文庫

たびたびこう云ったが、良人は此処でもまた、同じ失望を繰り返そうとする。それがおたよには堪らないのであった。

「私は千遍でもやりますよ」

伊兵衛は続けて云った。彼にも妻の気持はわかっていた。それが却って、彼を奮い起たせるのであった。

「ほかにちょっとわけもあるし、こんどは多少のところは眼をつぶってもいいと思っているんです、ではいって来ます」

妻のうるんだ視線かられるように、扇子を持って、彼は宿を出ていった。

滝沢という湯治場は、街道から二十町ばかり、山へはいったところにある。街道へ出たところが吉田という宿で、箕山城下までは、峠を越えて三里ちかくあった。……伊兵衛は吉田の宿端れへ来たとき、昨日までそこに立って、客を待っていた自分の姿を思いだし、

「おい三沢伊兵衛、しっかりしろよ」と呟いた、「――峠の騒ぎで、おまえはもう此処では荷持ち稼ぎもできないんだぞ、小室さんを訪ねたらうまくやるんだぞ」

すると(そんな処に立停っていたからであろう)向うから馬を曳いて来た馬子が、

「お客さま馬はどうだね」

と呼びかけた。伊兵衛はやあとふり返って、相手を見てびっくりした。それは昨日あの峠で、まずいことになった連中の一人、崖下の勘太という馬子であった。