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いずこへ

風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇

坂口 安吾

線上閱讀坂口 安吾《風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇(いずこへ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 119,879 字 · 242 頁

青空文庫

私はだから子供の頃は、大人というものは子供の悲しさを知らないものだときめこんでいた。私は然し後年市島春城翁と知ったとき、翁はこの悲しみの別して深い人であり、又、会津八一先生なども父の知人であるが、この悲しみは老後もつきまとうて離れぬ人のようである。だから父も今の私が見ればこの悲しみを見出すことが出来るかも知れないとも思うのだが、然し、そうではない、と私は思う。なぜなら、私の長兄は父に最も接触していた子供であり、この長兄にはこの悲しみが微塵もないからである。この悲しみは血液的な遺伝ではなくて、接触することによって外形的に感化され同化される性質の処世的なものであるから、長兄の今日の性格から判断しても、父にはたしかにこの悲しさがなかったんだと思われるのである。

私は父に対して今もって他人を感じており、したがって敵意や反撥はもっていない。そして、敵意とは別の意味で、私は子供のときから、父が嫌いであった如く、父のこの悲しみに因縁のない事務的な大人らしさが嫌いであり、なべてかかる大人らしさが根柢的に嫌いであった。

私が今日人を一目で判断して好悪を決し、信用不信用を決するには、ただこの悲しみの所在によって行うので、これは甚だ危険千万な方法で、そのために人を見間違うことは多々あるのだが、どうせ一長一短は人の習いで、完全