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ふうきんとさかなのまち

風琴と魚の町

林 芙美子

線上閱讀林 芙美子《風琴と魚の町(ふうきんとさかなのまち)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,372 字 · 27 頁

青空文庫

小満の季節らしく、三味線の音のようなものが遠くから聞えて来る。

いつから、手を通していたのであろうか、首のところで、釦をとめて、私は父の道化た憲兵の服を着ていた。そのためだろうか、街角の医者の家を叩くと、俥夫は寝呆けて私がいまだかつて、聞いた事がないほどな丁寧な物言いで、いんぎんに小腰を曲めた。

「よろしうござりますとも、一時でありましょうとも、二時でありましょうとも、医者の役目でござります故、私さえ走るならば、先生も起きましょうし、じき、上りまするでござります」

8 井戸へ墜ちたおばさんは、片手にびしょびしょの風呂敷包みを抱いて上って来た。その黒い風呂敷包みの中には繻子の鯨帯と、おじさんが船乗り時代に買ったという、ラッコの毛皮の帽子がはいっていた。おばさんは、夜更けを待って、裏口から質屋へ行く途中ででもあったのであろう。おばさんの帯の間から質屋の通いがおちた。母は「このひとも苦労しなはる」と、思ったのか、その通いを、医者の見ぬように隠した。

「あぶないところであった」

「よかりましょうか?」

「打身をしとらぬから、血の道さえおこらねば、このままでよろしかろ」