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きりん

麒麟

谷崎 潤一郎

線上閱讀谷崎 潤一郎《麒麟(きりん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,040 字 · 18 頁

青空文庫

しかし、今日程夫人の顔の美しく見えた事はない。」

巷に佇む庶民の群は、口々にこう云って、行列の過ぎ行くのを仰ぎ見た。

其の夕、夫人は殊更美しく化粧して、夜更くるまで自分の閨の錦繍の蓐に、身を横えて待って居ると、やがて忍びやかな履の音がして、戸をほと/\と叩く者があった。

「あゝ、とうとうあなたは戻って来た。あなたは再び、そうして長えに、妾の抱擁から逃れてはなりませぬ。」

と、夫人は両手を擴げて、長き袂の裏に霊公をかゝえた。其の酒気に燃えたるしなやかな腕は、結んで解けざる縛めの如くに、霊公の体を抱いた。

「私はお前を憎んで居る。お前は恐ろしい女だ。お前は私を亡ぼす悪魔だ。しかし私はどうしても、お前から離れる事が出来ない。」

と、霊公の声はふるえて居た。夫人の眼は悪の誇に輝いて居た。

翌くる日の朝、孔子の一行は、曹の国をさして再び伝道の途に上った。

「吾未見好徳如好色者也。」

これが衛の国を去る時の、聖人の最後の言葉であった。此の言葉は、彼の貴い論語と云う書物に載せられて、今日迄伝わって居る。