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ゆうがおのもん
夕顔の門
吉川 英治
Read 夕顔の門 (ゆうがおのもん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,956 characters · 29 screens
『知……知らねえで、何としましょう。……御新造さま! お、おまえ様というお方はなあ……』
『もう、何も云っておくれでない』
『――云いますめえ、追つかねえことだ』
由松は、肱を曲げて、顔の涙をこすりながら、傷負を肩に、とぼとぼと歩きだした。
『……ア、由松や。表門ではなるまい。駕は裏の木戸へ来ているのでしょう』
『うんにゃ』――と由松は首を振って、
『宵から、裏の浜辺に、不審しな人影が、張番みてえに立っているので、わざと、表へ廻しておきましただが』
『えっ、外に誰か、立っているって?』
『仕方がござりますめえ。この塀の中にいれば、誰にも、指一つ触らせる旦那様ではねえのに……おまえ様が好んで出て行かっしゃる地獄の道だに』
『……いいよ! ……もうわたしは、覚悟をしているのだから』
門の前には、駕が二つ、忍びやかに待っていた。それも由松の気くばりとみえて、提燈には、黒い布が巻いてあった。
傷負は、そっと、一挺の内へ寝かされた。由松は、鼻をすすって、地を見つめていたが、
『さ、御新造も、はやく……』
と、人目を惧れて促がした。
『ありがとうよ――』
彼女は、奉公人へ対しても、初めて、心からそんな礼を云った。