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ゆうがおのもん

夕顔の門

吉川 英治

Read 夕顔の門 (ゆうがおのもん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,956 characters · 29 screens

Aozora Bunko

十九の海騒

一

十九の海騒

一

『はてな。……閉めて寝た筈だが』

と、若党の楠平は、枕から首を擡げて、耳を澄ました。

――風が出て来たらしい。

海が近いので、庭木には潮風が騒めいている。確かに、寝しなに閉めたとばかり思っていた庭木戸の扉が、時折、ばたん――ばたん――と大きな音を立てている。

楠平は、手燭を灯けた。そして揺れる灯を庇いながら、庭へ出て行ったが、主人たちの住む南側の母屋を見て、眼を恟めた。

『あっ、お市様の部屋が開いている?』

口走りながら、楠平はそこへ寄ってみた。雨戸が二尺ほど開いているし、縁の内をそっと覗くと、暗くてよく分らぬが、何か取乱れている気配がする。

『――お嬢様、お嬢様』

ふた声ほど呼んでみた。

返辞はない。

楠平はすぐ、はっと或る予感の的中を思って、体が顫いた。

明日は、家中の人、曾我部兵庫へ嫁ぐというので、きょうも一日、曠れの荷物や、何かの支度に、忙しく暮れたこの部屋だった。

『旦那様っ、旦那様っ。――お嬢様のお部屋が開いておりますが。そして、お嬢様のお声もしませぬが』

雨戸の外から、主人の寝所をたたいて彼が告げると、

『なにっ、娘が居ないと?』