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なつむしあんどん
夏虫行燈
吉川 英治
Read 夏虫行燈 (なつむしあんどん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 18,200 characters · 37 screens
三
怏々と、楽しまない日を、幾月もうそこで暮したことか、人知れず葉隠れに燃えて腐って、やがて散るしかない――真紅の花の悩みのように。
近頃は、兵書、剣道の修行も抛って、くさくさすれば、町へ出て、居酒屋の床几を占めた。――そんな事から二、三の同僚のうちでは、
(まあ、我慢せい)
とか、
(お小夜ばかりが女じゃなし、もっといいのを持って見返してやるさ)
とか、同情する者もあった。
けれど彼の意中には、そんな程度の言葉では、慰めきれないものがある。――又、今日聞いた甚三郎の破滅を知っても――猶々、慰めきれないものがある。
それは、お小夜の心だった。
何うして、彼女が、自分に反いて、甚三郎へ傾いて行ったか――。恨みつらみは、親の十太夫にもない、家族たちにもない、甚三郎にもない。
唯、彼女のそれにあった。
三
帰りがけ――その晩も、いつもの居酒屋に立寄って、平四郎は、
『亭主、冷酒でよい、一杯くれい』
薄暗い片隅の床几に腰かけて、黙然と、肘をついていた。
誰か、後でコソコソ話し声がするので、何気なく振向いてみると、土間から上って、三畳ばかり敷ける小部屋に、衝立を置いて、飲んでいる二人の浪人者の腰だけが見えた。