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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 187,841 characters · 376 screens
ふた刻とたたない間に、十年も白髪を加えたように、その影には力がなく、瞼には、泣いたような痕さえ見られた。
「いや、なんとも、失礼をいたした。ただおひとり、置きはなしたまま、つい長い時刻を……」
「なんの、平常のお礼儀などにはいささかもお気づかいに及ばぬが、長政どのには、如何なされてあるか。また、奥方やお子たちのお別れは、はやおすましあられたか。……それが懸念でござる。日もはや暮れて参れば」
「ごもっともでござる。最前、殿にも潔くあのように仰せられたものの、さて、御生別のことを、御妻子にお告げあるとなると……さすがにの……」
老将は、俯向いて、指がしらで、瞼を抑えた。
藤吉郎もふと眼を熱うして、その眼のやりばに困った。
「……わけても、奥方のお市の方様には、どうしても、良人のおそばは去らぬ、この城を出て、兄君信長の許へ帰るこころはないと……綿々、御心情をおもらしあって、いつお名残が尽きようとも見えませぬ」
「……むむ。さも……おざろうなあ」
「この三河へも、お訴えなさるのです。女子は嫁ぐときすでに、このお城を墓とさだめて嫁したものをと――。その母御のおなげきや父君のおことばを、幼心にも、もう茶々様などは、うすうす御理解あそばすので、共々、母君と泣き悲しまれて、なぜ、父君とわかれねばならぬのか、なぜ、父君は死ぬるかと…