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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 200,320 characters · 398 screens

Aozora Bunko

鳴海から清洲への道。それは十九日の旅だった。

この道、そこらの河、田畑、まろい山、麓の藁屋根、信長のひとみは、飽かず馬上から見まわしていた。

「変らぬものよ。……はや二十三年と経つに」

思い出は尽きない。永禄三年、時も今頃。

桶狭間へ。桶狭間へ。

あの真昼、汗と土けむりをあげて、駈け出して行った自分のすがたを。

「……若かったなあ」

さしもの彼も、今にして顧みれば、自分の元気にわれながら驚嘆を禁じ得ない。

よくもあれで勝てたと思う。まんまと今川義元の首を見ることができたと思う。

いま沁々、それを回顧すると、

(はて? あれは一体、自分のしたことか。自分だけの力だったか)

と、あやしまれた。

ふと彼は、自己の驕慢に気づいていた。天を怖れた。そうだ、以来わずか二十三年に、これほどの業を成して来たのは、ただに自分だけの力ではない。またわが将士だけの力でもない。

大きくは、神明の加護、小さくは、父母の余徳を思った。それあっての織田信長なるを今、みずからふかく考えた。

熱田之宮に下馬して、口を嗽し手を清め、まずは神前に額ずいた。

その夜の泊りは、なつかしの清洲であった。