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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 200,320 characters · 398 screens
富士を見つ
長篠までは出馬したが、富士の神容には接していなかったし、参州吉良まで鷹狩に出向いたこともあるが、ついぞ富嶽の秀麗は仰いでいない。
(いつかは、いちど)
思いながら年々、北征南略、中央にある日も、劇務と人にかこまれて、そんな簡単な――他愛ない少年の希望にも似たことが――却って信長の心には長いあいだの憧憬となっていた。
四月の四日。
信長はもう甲府にいた。
相模の北条氏政は、その居館へ、また使いを立てて、
「御滞陣のおなぐさみまでに」
と、武蔵野に狩猟して獲たという雉子五百羽を贈って来た。
それからまた、三日目には、目録に添えて、
馬十三頭
鷹三疋
とを献上して来たが、信長は躑躅ヶ崎の館の広庭に、それを曳かせ、一見しただけで、
「馬、鷹ともに、さして珍重するに足らぬ物。――信長の気に入らぬと申して、氏政の許へ持ち帰れ」
そういって受取らなかった。
北条の使いは、面目悪げに、持って帰った。そして、忌々しさの余り、誰もいないところへ来ると、
「増長坊め」
と、舌打鳴らした。
こんなこともあったりして、信長はその月十日、いよいよ甲府を出発し、待望の「富士見物」をしながら凱旋の途についた。