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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 200,903 characters · 400 screens
鳰の宿
鳰の宿
まだ五月雨ぞらの定まりきれないせいか、今朝も琵琶湖は模糊として、降りみ降らずみの霧と小波に、視界のものはただ真っ白だった。
が、道は思いのほか泥濘っている。馬の睫毛まで濡れ雫であった。全軍の将士は黙りこくったまま、夜来の雨とこの道を冒して、蕭条といま坂本までたどりついた。右は湖水の三津の浜、左は叡山延暦寺への登り坂。人々の着ている蓑は、吹きおろす風、返す風に、みな針鼠のように戦ぎ立った。
「おお、あれまで、左馬介様がお迎えに出ておられまする」
四方田政孝は、主人の日向守光秀にささやいた。湖畔の城、坂本城が、もう一行のまん前に見えたときである。
光秀は早くから気がついていたようにかろく頷いた。
――安土からこの坂本まで、振り向けばまだうしろに見えそうな近くであるにかかわらず、彼は千里も歩いて来たかの如く疲れきった面をしていた。そして従兄弟の明智左馬介光春が住むこの城の前に立つと、
(やれやれ、着いたか……)
と、まるで虎口をのがれて来たかのような思いを抱いた。
しかし扈従の面々は、光秀のそうした胸のうちよりは、光秀が時折に咳声く容子を見て、より以上な心配を寄せ、