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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 200,903 characters · 400 screens

Aozora Bunko

まずあがれ。この際じゃ、そこからでも」

「こんな折じゃ、お邪げしてはすまぬが、何せい喉が渇いた。白湯一杯たまわらぬか」

連歌師の里村紹巴は、裾の埃をたたいて上がった。彼の草履も顔じゅうの汗も、さすがに今日だけは、日頃に似ず真っ黒によごれていた。

紹巴の訪れをしおに、道三も朝から初めて一息ついた。

「ここへ円座を持て」

と、門人にさしずして、書物ばかり積んである一室に対坐して、白湯を呑み合いながら、

「さて、どうなるのじゃ、この後は――」

と、お互いに、顔見あわせた。

紹巴は、二条はまださかんに焼けているが、今暁の本能寺のすさまじい焔は御覧になったかと訊ねた。

道三はかぶりを振って、

「何も見ぬ。まだ、一歩も外へすら出ぬ。そんな暇はない」

と、邸中の負傷者をながめ、

「戦と同時に、ここも戦の場となった。ただ気づかわるるは、御所のあたりじゃが」

「いや、あのあたりは、別条もございませぬ」

「とはいえ、本能寺や二条の火の粉は、禁裡の御苑にふりそそいだであろう。恐れ多いことではある」

「恐れ多いといえば、二条御所の親王様や若宮様には、戦いの中をおひろいで禁裡へお移りあらせられた。