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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 200,903 characters · 400 screens
「ばかな」
と、彼が顧みなかったことはいうまでもない。彼は、信長の夫人生駒氏以下、主君の眷族を奉じて、翌三日には、郷里蒲生の東郡にある日野城へ退き移った。
そしてその子氏郷とともに、居城日野に堅守のそなえを急ぎ、一方伊勢の松ヶ崎城にある信長の第二子北畠信雄へ、
(御遺族にたいして、光秀の来襲あるは必定、急遽、援軍をこれへ派し給え)
と、早打した。
そのときすでに、北畠信雄は、軍勢を催していた。――が、これはそのためではなく、やはり中国出兵の用意だったのである。
変を知るや、ここにも驚愕と顛動と方針の狼狽が起った。とりあえず、信雄は、蒲生家の一女子を人質にとって援軍を派した。
かつまた、自分も、
「父右府のうらみ、いかで晴らさずにおこうや」
と、悲壮なる決意の下に、江州土山まで進んでみたが、背後の領内伊勢にも、途上の伊賀地方にも、表裏二態をとって、応変の凶兆ただならないものがある。
信雄は、右顧左眄して、
「もし、光秀と結ぶ者が、ふいに江州一円に蜂起しては? また伊勢の後ろに起っては?」
と、もっぱらその鎮圧と、形勢を見まわす方に、せっかくの意志を奪われて、むなしくこの進撃の時機を逸し去った。