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はんしちとりものちょう
時代推理小説 半七捕物帳(六)
岡本 綺堂
Read 時代推理小説 半七捕物帳(六) (はんしちとりものちょう) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 196,831 characters · 396 screens
どちらにしても、私はそんな人物を知らなかった。それに関する記録を読んだこともなかった。
「御存じありませんか」と、老人は笑った。「なにしろ幕府の秘密主義で、見す見す世間に知れていることでも、成るべく伏せて置くという習慣がありましたから、表向きの書き物には残っていないのかも知れませんな。いつぞや『金の蝋燭』というお話をしたことがありましょう。その時に申し上げたと思いますが、江戸の御金蔵破り……。あの一件は安政二年三月六日の夜のことで、藤岡藤十郎と野州無宿の富蔵が共謀して、江戸城内へ忍び込み、御金蔵を破って小判四千両をぬすみ出したので、城内は大騒ぎ、専ら秘密にその罪人を詮議している最中、その翌日、則ち三月七日の昼八ツ(午後二時)頃に、何処をどうはいって来たのか、ひとりの男が本丸の表玄関前に飄然と現われて、詰めている番の役人たちにむかって『今日じゅうに天下を拙者に引き渡すべし。渡さざるに於いては天下の大変出来いたすべしと、昨夜の夢に東照宮のお告げあり、拙者はそのお使にまいった』と、まじめな顔をして、大きい声で呶鳴ったから、役人たちもおどろきました。
その男は手織縞の綿入れを着て、脚絆、草鞋という扮装で、手には菅笠を持っている。