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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
Read 死者の書 (ししゃのしょ) by 折口 信夫 (おりくちしのぶ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 62,340 characters · 126 screens
あて人に仕えて居ても、女はうっかりすると、人の評判に時を移した。
やめい やめい。お耳ざわりぞ。
しまいには、乳母が叱りに出た。だが、身狭刀自自身のうちにも、もだもだと咽喉につまった物のある感じが、残らずには居なかった。そうして、そんなことにかまけることなく、何の訣やら知れぬが、一心に糸を績み、機を織って居る育ての姫が、いとおしくてたまらぬのであった。
昼の中多く出た虻は、潜んでしまったが、蚊は仲秋になると、益々あばれ出して来る。日中の興奮で、皆は正体もなく寝た。身狭までが、姫の起き明す灯の明りを避けて、隅の物陰に、深い鼾を立てはじめた。
郎女は、断れては織り、織っては断れ、手がだるくなっても、まだ梭を放そうともせぬ。
だが、此頃の姫の心は、満ち足ろうて居た。あれほど、夜々見て居た俤人の姿も見ずに、安らかな気持ちが続いているのである。
「此機を織りあげて、はようあの素肌のお身を、掩うてあげたい。」
其ばかり考えて居る。世の中になし遂げられぬもののあると言うことを、あて人は知らぬのであった。
ちょう ちょう はた はた。
はた はた ちょう……。
筬を流れるように、手もとにくり寄せられる糸が、動かなくなった。