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こぞうのゆめ
潤一郎ラビリンスV――少年の王国
谷崎 潤一郎
Read 潤一郎ラビリンスV――少年の王国 (こぞうのゆめ) by 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 71,989 characters · 144 screens
己はメリー嬢に反抗し得る事を知りながら、大人しく彼の女の犠牲になって、椅子に倒れて居る事が、たまらなく愉快であった。ちょうど己の全精神は、あのワグネルのタンホイゼルを聞いた時のような、恍惚とした、得も云われぬ歓喜と昂奮とに充たされて居た。己は始めて自分が今迄夢みて居た甘い美しい想像の国へ、つれて来られたような気がした。そこには浮世の時間もなく空間もなく、たゞたゞ永劫無窮の愉悦と光明とが溢れて居る許りであった。なろう事なら、己はいつ迄もいつ迄も、メリー嬢の魔術に縛られたまゝ、明煌々たる舞台のまん中に、口をあんぐり開いて、観客の嘲笑を浴びて、昏々と眠って居たかった。………
…五月十五日晴、
昨日の事があってから、己は銀座の店に居ても仕事がまるきり手につかない。それで午後から用事にかこつけて又世界館へふらふらと出かけた。そうしてふらふらと舞台へ登って、メリー嬢の魔術にかゝった。………
五月十七日 晴
今日も己は出かけて行った。昨日一日、どうしても外へ出られないので、己は帳場に控えて居ながら、メリー嬢のあの魅力のある瞳ばかりを考えて居た。今になって見ると、内のお嬢さんなんか、彼の女の美しさにくらべたらまるで比較にも何にもならない。