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しほんたいへいき
私本太平記(五)
吉川 英治
Read 私本太平記(五) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 252,330 characters · 505 screens
当時は美しい姫たちがお目あてで、雪見、紅葉などはつけたりだった。しかし、思い出の多い故園ではあった。――だから持明院統の西園寺家ではあるが、御代となっても、かくべつむごい圧迫は加えず、また、こんどのような臨幸のすすめにも、ふと、御遊の意をうごかされたものであったろう。
ところが、やがて。
「はてのう?」
公宗は、つぶやき出した。
「はや、夕風。まだ御車が着かぬとはおかしいぞ。誰ぞ、路地をみてまいれ」
と、侍臣の群れへいいつけた。しかし、みかどの行幸は、極秘のうちに、はや沙汰止みとなっていたのである。そしてそれに代る一陣の兵馬が、このときもう北山殿へ殺到していたのであった。
騎馬ばかり二百余騎。あっというまに北山殿をくるみ、馬をそとに捨てるやいな、いちどに内へ込み入って来た。
この物音に、
「事破れしか」
と、奥の公宗はすぐ観念した容子だった。
侍臣は立ち騒いで、
「はやくここを」
と、うながしたが、公宗は自失したように蒼白なおもてをしていた。弟の中将俊季が、廊の欄へ片足をかけながら、
「兄上っ、裏山へ逃げよう。裏山越しに」
と、呼んだのへさえ、こたえもせず坐っていた。