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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(三) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 261,216 characters · 521 screens
世尊寺流とか醍醐風とかいうような、色紙うつりのする水茎の文字ではない。文字もかれの気質どおり、わがままに刎ね、気ままに躍っている。さらにだんだん見ていると、一角に宛てたその文言も激しいが、文字そのものもまた、一字一字怒っている形。
しばらく夢中で書いている。
かかる間に、地震ならぬ地震のあった徳島城の殿中は暮れた。
「これでよし!」
巻折にして、封じ目に糊をしめし、上へ、大阪安治川御屋敷留守居役便託としるし、そのわきへ、天堂一角――とまで太く書いたが、すぐ下へ、殿という字を書きつづけないで、ちょッと小首をかしげていたと思うと、取ってつけたように、先生と書いた。
天堂一角先生――
この書いた宛名を眺めて、みずから悦に入りながら、
「先生は皮肉でいい。ム……だが、皮肉や諷語は、正直にうけとられると、時に大変なまちがいになるものじゃ。しかしよかろう、由来、先生という名称は、その表より裏で通用するものだ」
それに決めて、机から目を離した。
気がついてみると、いつか手元がほの暗い夕ぐれ。
「お……もう六刻過ぎであろうに、きょうの騒動で燭台の支度までおくれたか」
と、書面を託送すべくそこを立って、間数を越えてゆくと、ふいに、陰気な夕明りのただよう奥殿にあたって異様なうめき声が洩れる……。