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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(三) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 261,216 characters · 521 screens
「ちぇッ、来やがった。面倒くせい」と聞えぬ振りをして、
「おも舵イッ」
左岸へ左岸へとかわしてゆく。
「親方ア!」
櫓方のひとりがふりかえった。
「追っかけて来ますぜ、阿州屋敷の役人が」
「かまわねエから撓わせろ!」
「合点!」
というと両舷六挺ずつの十二船頭。
「エーイ、オーッ。エーイ、オーッ」
音頭を合せて流れに乗せると、松兵衛、帆方アとどなって手を振った。キキキキキと帆車が鳴る、赤い魚油燈がぶらんとかかった。人魂が綱を手繰って登ったように。
するとその時胴の間のほうで、にわかに大勢がガヤガヤ騒ぎだした。ドタドタドタと松兵衛のそばへ真ッ蒼になって飛んできたのは手代の新吉。
「松兵衛、大変だッ」
「ヤ、新吉さん、何だって、つづらの側を離れて来たンだ」
「三位卿がお前を連れてこいというんだ、何か御立腹で、タダごととは見えない」
「かまうものか、ほうッておけ」
「だって」
「船の上じゃ船頭が御城主だ。お前さんはあの側を離れちゃいけねエ、川口を出たら船底へ下ろすから」といったとたんに、松兵衛の襟がみをつかんで、
「おいッ、なぜ来ないかッ」と利腕をねじ上げた者がある。見ると、森啓之助だ。