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なるとひちょう

鳴門秘帖(三)

吉川 英治

Read 鳴門秘帖(三) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 261,216 characters · 521 screens

Aozora Bunko

そこに見えなくなった秘帖を、涙の目で探していたお綱は、霧をとおして怪しい男の影を認め、

「盗んで行ったな!」

と直覚した。

急いで、父の亡骸を洞窟の内へ隠し、向うへ這ってゆく男をつけた。

駆けるかと思いのほか、男は、振り向いても、なお、這っていた。奄々とした息で――。

近づいてみると、屈強な武士、しかし、肩にどっぷり朱をにじませている。

最前、お十夜が走りだした時、足にかけられて、草の根に呻いていた天堂一角だった。かれには、深傷ながら、まだ這うだけの気力と意識があった。

一角は、今の隙に、世阿弥のそばから血筆の秘帖をつかみとり、はッ、はッ、と荒い息づかいで這いだした。

同じように這いかがみ、足音をぬすんで、お綱は後ろへ寄っていった。

おのれ、おのれ、おのれ。

心のうちで叫びながら、一太刀にと狙い廻した。

一角は熊のように、岩から岩の上へ攀じてゆく。三位卿はどうしたろう? 周馬はどうしたろう? 声をあげて呼ぶ力はなし、霧は深い。

颯ッ――と不意。

風をつらぬいた白い条が、一角の後頭部へ消え込んだ。

お綱が斬っていった新藤五!

はずれても肩――或いは背すじへ切ッ尖下がり。