Japanese reading practice

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つづみくらべ

鼓くらべ

山本 周五郎

Read 鼓くらべ (つづみくらべ) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 8,577 characters · 18 screens

Aozora Bunko

「そこにいるのは誰です」

と呼びかけた。……一輪だけ咲き残った菊の籬の蔭で誰か動く気配がした。そして間もなく、一人の老人がおずおずと重そうに身を起した。ひどく痩せた体つきで、髪も眉毛も灰色をしている。身なりも貧しいし、殊に前跼みになって、不精らしく左手だけをふところ手にした恰好が、お留伊には忘れることの出来ないほど卑しいものに感じられた。

「おまえ何処の者なの、二三日まえにもそこへ来たようだね、なにをしに来るの」

「申しわけのないことでございます」

老人は嗄れた低い声で云った。「……お鼓の音があまりにおみごとなので、ついお庭先まで誘われてまいりました。お邪魔になろうとは少しも知らなかったのでございます」

「鼓の音に誘われて、……おまえが」

お留伊の眼は老人の顔を見た。

加賀国は能楽が旺んで、どんな地方へ行っても謡の声や笛、鼓の音を聞くことが出来る。あえて有福な人々ばかりでなく、其の日ぐらしの貧しい階級でも、多少の嗜みを持たぬ者はないというくらいである。だからいま、そのみすぼらしい老人が鼓の音に誘われて来たと云っても、それほど驚くべきことではなかったし、お留伊が老人の顔を疑わしげに見詰めたのも、まるで別の意味からであった。