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つゆのあとさき
つゆのあとさき
永井 荷風
Read つゆのあとさき by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 74,725 characters · 148 screens
白い肩掛を引掛けた丈のすらりとした痩立の姿は、頸の長い目鼻立の鮮な色白の細面と相俟って、いかにも淋し気に沈着いた様子である。携えていた風呂敷包を持替えて、門の戸をしめると、日の照りつけた路端とはちがって、静な夏樹の蔭から流れて来る微風に、婦人は吹き乱されるおくれ毛を撫でながら、暫しあたりを見廻した。
麦門冬に縁を取った門内の小径を中にして片側には梅、栗、柿、棗などの果樹が欝然と生茂り、片側には孟宗竹が林をなしている間から、その筍が勢よく伸びて真青な若竹になりかけ、古い竹の枝からは細い葉がひらひら絶間なく飛び散っている。栗の木には強い匂の花が咲き、柿の若葉は楓にも優って今が丁度新緑の最も軟かな色を示した時である。樹々の梢から漏れ落る日の光が厚い苔の上にきらきらと揺れ動くにつれて、静な風の声は近いところに水の流でもあるような響を伝え、何やら知らぬ小禽の囀りは秋晴の旦に聞く鵙よりも一層勢が好い。
婦人は小禽の声に小砂利を踏む跫音にも自然と気をつけ、小径に従って斜に竹林を廻り、此方からは見通されぬ処に立っている古びた平家の玄関前に佇立んだ。玄関には磨硝子の格子戸が引いてあるが、これは後から取付けたものらしく、家はさながら古寺の庫裏かと思われるほどいかにも堅牢に見える。