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つゆのあとさき
つゆのあとさき
永井 荷風
Read つゆのあとさき by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 74,725 characters · 148 screens
六
わたくし、ほんとに我儘な事ばかり申しまして……。」
「いや、それで事情は大抵わかりました。お前に向って進の事を悪くいっては甚気の毒だが、これは進ばかりには限らん事で、今日文学を弄ぶ青年に物の道理を説いてきかしてもわかるはずはない。わしは長年教師をしていたからそのくらいの事はよく知っています。見込みのあるものなら、呼びつけて意見もして見るが、わしはまず駄目だとあきらめている……。」
「わたくしが、何か申上げたようになりましても困りますし……。」
「それは今も言う通り、わしは一切何も言いません。しかしこのままにして置いたら、行末お前が困るでしょう。それが気の毒だ。」
「いえ。わたくしは、もうどの道、若い身空でも御在ませんから、行先の事は別にそれほど心配してはおりません。長い間には宅の心持もまたどんな事で直らないとも限りませんし……。」
「うむ。うむ。」と老人は立ったまま腕を拱いて嘆声を発したが、裏木戸の方に音のするのを聞きつけ、「伝助が帰って来たらしい。あっちで話をしましょう。」
老人は手を取らぬばかりに鶴子を急き立てて勝手から立ち去った。
六
雨は降っているが、小降りで風もなく、雲切れのし始めた入梅の空は、まだなかなか暮れきらぬ七時頃。