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ボロやのしゅんじゅう
ボロ家の春秋
梅崎 春生
Read ボロ家の春秋 (ボロやのしゅんじゅう) by 梅崎 春生 (うめざきはるお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 129,411 characters · 263 screens
「へえ。そんな上等の菓子だったのか。中身は何だっけ」
「カステラだよ。食べたくせに、もう忘れたのかい?」
「食べなかったよ」
彼は正直に言った。ウソをつくと、また混乱するおそれがあった。
「食べなかった? 人にやったんですか?」
「いや。燃してしまった」
白い焔と甘たるい匂いが、彼にまざまざとよみがえって来た。
「なるほどね。カステラを燃すと、あんな匂いがするのか」
運転手は返事をしなかった。背中がすこしふくれ上ったように見えた。
窓から見る街には、風がなかった。街路樹も電線も、どんよりと動かなかった。早く家に戻って水を浴びたい。彼はへばりつく下着を皮膚から剥がしていた。押えつけるような声で、運転手が言った。
「旦那。まだ賭けごとはやってるのかね?」
「賭けごとって、何だい?」
「そら。車の中で、連れの若い男としきりに話し合ってたじゃないか。競馬や花札のことをさ」
信号が青に変って、車は動き出した。
「連れの男って、途中で降りた奴か?」
「そうだよ」
またしてもこんぐらかって来たな、と彼は考えながら、窓側に体をうつした。風が彼の顔を荒々しくこすった。
「僕は賭けごとの話をしないよ。