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しぐれがさ
人情武士道
山本 周五郎
Read 人情武士道 (しぐれがさ) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 24,700 characters · 51 screens
三
と頬白を呼んでいる声が聞える。
「まだ鳥を追っていますわ」幸枝はそちらへ振返った。
「貴女のしたことですね、悪い人だ」
「でもあの時はそうするよりほかになかったのですもの」幸枝は悪戯そうにくすっと笑った、「あの鳥はよく馴れていますからすぐ捉まりますの、おかげで頬白もよい保養ができます」
「おい西郡」次郎太が声をかけた、「ちょっとこの書類を見て呉れないか」
「ああ失礼」至が会釈して向き直ると、「まあ忘れておりました、すぐお茶に致しましょう」そう云って幸枝も立って行った。
それから四五日経った。或る日のことである、勤を終えて帰る途中、日名村というところの松並木へさしかかったとき、八木次郎太が妙に気後れのしたようすで、歩調をゆるめながらふと、
「西郡、……実は貴公に頼みがあるのだがな」と云いだした。
「なんだ頼みとは」
「それが、云いにくいことなんだ、武士として実に云いにくい事なんだが……」
三
「なんだか云ってみたらいいじゃないか」
「笑わずに聞いて呉れ、貴公を見込んで頼むのだ、……実は、拙者、……以前から幸枝どのを家の妻に迎えたいと思っていた」
「…………」
至の眼がそのとき見えるほど曇った。