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いせのまき
伊勢之巻
泉 鏡花
Read 伊勢之巻 (いせのまき) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 17,617 characters · 35 screens
岐阜県××町、――里見稲子、二十七、と宿帳に控えたが、あえて誌すまでもない、岐阜の病院の里見といえば、家族雇人一同神のごとくに崇拝する、かつて当家の主人が、難病を治した名医、且つ近頃三由屋が、株式で伊勢の津に設立した、銀行の株主であるから。
晩景、留守を預るこの老番頭にあてて、津に出張中の主人から、里見氏の令夫人参宮あり、丁寧に宿を参らすべき由、電信があったので、いかに多数の客があっても、必ず、一室を明けておく、内証の珍客のために控えの席へ迎え入れて、滞りなく既に夕餉を進めた。
されば夫人が座の傍、肩掛、頭巾などを引掛けた、衣桁の際には、萌黄の緞子の夏衾、高く、柔かに敷設けて、総附の塗枕、枕頭には蒔絵ものの煙草盆、鼻紙台も差置いた、上に香炉を飾って、呼鈴まで行届き、次の間の片隅には棚を飾って、略式ながら、薄茶の道具一通。火鉢には釜の声、遥に神路山の松に通い、五十鈴川の流に応じて、初夜も早や過ぎたる折から、ここの行燈とかしこのランプと、ただもう取交えるばかりの処。
「ええ、奥方様、あなた様にお客にござりまして。」
優しい声で、
「私に、」と品よく応じた。