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いせのまき

伊勢之巻

泉 鏡花

Read 伊勢之巻 (いせのまき) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 17,617 characters · 35 screens

Aozora Bunko

五

」と煙草を下へ、手で掬って、土間から戸外へ、……や……ちょっと投げた。トタンに相の山から戻腕車、店さきを通りかかって、軒にはたはたと鳴る旗に、フト楫を持ったまま仰いで留る。

「車夫。」

「はい。」と媚しい声、婦人が、看板をつけたのであった、古市組合。

五

「はッ。」

古市に名代の旅店、三由屋の老番頭、次の室の敷居際にぴたりと手をつき、

「はッ申上げまするでございまする。」

上段の十畳、一点の汚もない、月夜のような青畳、紫縮緬ふッくりとある蒲団に、あたかもその雲に乗ったるがごとく、菫の中から抜けたような、装を凝した貴夫人一人。さも旅疲の状見えて、鼠地の縮緬に、麻の葉鹿の子の下着の端、媚かしきまで膝を斜に、三枚襲で着痩せのした、撫肩の右を落して、前なる桐火桶の縁に、引つけた火箸に手をかけ、片手を細りと懐にした姿。衣紋の正しく、顔の気高きに似ず、見好げに過ぎて婀娜めくばかり。眉の鮮かさ、色の白さに、美しき血あり、清き肌ある女性とこそ見ゆれ、もしその黒髪の柳濃く、生際の颯と霞んだばかりであったら、画ける幻と誤るであろう。袖口、八口、裳を溢れて、ちらちらと燃ゆる友染の花の紅にも、絶えず、一叢の薄雲がかかって、淑ましげに、その美を擁護するかのごとくである。