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ほうがんさぶろうのしょうたい
判官三郎の正体
野村 胡堂
Read 判官三郎の正体 (ほうがんさぶろうのしょうたい) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,587 characters · 25 screens
男の声には、不思議な真情がこもりました、娘は、その胸に顔を埋めて、涙繁く聞き入って居ります。
「お前も聞いて知ってるだろうが、今から十何年前、たまたま村へ入って来た山林区署の役人に伴れられて、おれは、この恐ろしい世間というものを見せられ、頭がいいとか何んとか、ツイおだてられて、大学までもやってもらったのだ。恩人が生きて居て下されば、おれも、この上博士にもなる気になったかも知れないが、先年フトした病気で恩人は亡くなる、今では元のおれ一人で、もうそんな野心もなんにも無くなってしまったよ。その上、此頃になって、おれの踏んで来た道が、つくづく間違って居るのでは無いかと思われて仕様が無い……おれの脈管には、猿や熊と一緒になって、山から山、谷から谷と飛び廻った、先祖の荒っぽい血が躍って居るのだ。生竹を切って、谷河の鱒や岩魚を突いて、あれを生で食った生活、剣の峰、千願岩、猿の子知らず、あの剣の刃のような岩の上を飛廻って、獣や鳥を生捕りにした、昔の生活が恋しくて、どうにもおれが我慢出来ない。お鶴、おれは思い切って山へ帰るよ、そして、お前と一緒に、呑気な平和な世を送ろうじゃないか、おれはもう都会人の虚飾だらけな、ウソで固めた生活にはつくづく飽々した。