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よせ
圓太郎馬車 正岡容寄席小説集
正岡 容
Read 圓太郎馬車 正岡容寄席小説集 (よせ) by 正岡 容 (まさおかいるる) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 147,226 characters · 295 screens
三
「オ、あった」
片手で髪の毛の束を握りしめたまま膝頭で廊下近くに据えられてある経机のほうへいざり寄っていった。
この子のだろう、細長い経木の函の中に四半分ほど葡萄色した煉羊羹が残っていた。
摘み出して、ギュッと片手で握り潰した。
しばらく手のなかで捏ね返していた。
うまい具合に煉羊羹、鬢付油と同じベトベトに溶け出してきた。
「しめしめ」
鉄瓶のお湯をひとたらし、二たらし、いよいよ羊羹をグジャグジャに溶かせ、そいつをお六の頭のなかへ、めちゃめちゃに塗り込んでいった。髪の毛がいい濡れ色を見せてきた。
「ありがてえ」
日本一の髪結の名人はこの古今亭今松様とは言わないばかりの顔をして、夢中でお六の唐人髷を結い上げはじめた。
またしきりに蛙が啼いている。
三
「…………」
叱られるわけがわらなくて今松は、師匠とお神さんの顔二つ、七分三分に見比べていた。
あくる朝のことだった。
シトシト梅雨めいた細い雨が、庭の椎の若葉を濡らしている。
今朝起き抜けに、おいち婆さんが迎えにきた。
用件は言わなかった。
なんでもいいから師匠がすぐ来いと言うのである。
来てみると、師匠もお神さんも、今までにただの一度も見なかったほど世にも怖ろしい顔をして苦がりきっていた。